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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)234号 判決 1995年12月21日

被告

中西四七生

外三七名

原告ら訴訟代理人弁護士

梶山正三

釜井英法

樋渡俊一

佐竹俊之

平哲也

被告

東京都西多摩郡日の出町長

青木國太郎

右訴訟代理人弁護士

江口正夫

木島昇一郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、東京地方裁判所八王子支部平成六年(ヨ)第五九四号資料閲覧請求権等保全仮処分申立事件における仮処分決定の履行を強制するため同支部が発した間接強制決定(金額を変更する決定を含む。)に表示された金銭を訴外田島喜代恵に支払うため日の出町の公金を支出してはならない。

第二  事案の概要等

一  事案の概要

本件は、訴外田島喜代恵(以下「訴外田島」という。)を債権者、東京都西多摩郡日の出町(以下「日の出町」という。)を債務者とする同町谷戸沢廃棄物広域処分場地下水集水管の水質測定データ等の資料の閲覧謄写をさせるよう命じた仮処分決定の強制執行として、日の出町に対して、右仮処分決定に記載された義務の履行及びこの履行なきときは一日当たり三〇万円の金銭の支払を命ずる間接強制の決定が発せられたところ、同町の住民である原告らが同町の町長である被告に対して、日の出町が右仮処分決定に記載された義務の履行に応じないで間接強制で命じられた金銭を公金から支出することは違法であるとして、右公金の支出の差止めを求めるものである。

二  争いのない事実等

1  被告は日の出町の町長であり、原告らは同町の住民である。

2  訴外田島は、平成六年一一月二九日、東京地方裁判所八王子支部に対して、日の出町及び東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合(以下「処分組合」という。)を債務者として、日の出町谷戸沢廃棄物広域処分場の地下水集水管の水質測定データ等の資料の閲覧謄写をさせることを求める仮処分を申し立て(同裁判所平成六年(ヨ)第五九四号)、同裁判所は、平成七年三月八日、右申立てを認める仮処分決定をした(以下、この仮処分決定を「本件仮処分」といい、これによって命じられた義務を「本件開示義務」という。)。

3  訴外田島は、平成七年三月九日、東京地方裁判所八王子支部に対して、日の出町及び処分組合が本件開示義務を履行しないとして、間接強制を申し立て(同裁判所平成七年(ヲ)第一〇〇一三号)、同裁判所は、同年五月八日、日の出町及び処分組合に対して、決定送達の日から二日以内に債務を履行しないときは、一日につき各自一五万円を支払うべきことを命ずる間接強制決定(以下「本件決定」という。)を発し、本件決定は、そのころ、日の出町及び処分組合に送達された。

4  訴外田島は、日の出町及び処分組合が本件決定後も本件開示義務を履行しないとして、平成七年六月二日、東京地方裁判所八王子支部に対して、本件決定の変更を申し立て(同裁判所平成七年(ヲ)第一〇〇二三号)、同裁判所は、同年七月三日、日の出町及び処分組合に対して、本件決定において支払うべきものとされた金額を一日につき各自三〇万円と変更した(以下、この金額を「本件間接強制金」という。)。

5  原告らは、日の出町監査委員に対して、既にされた間接強制金の支出及び今後の支出について監査請求をしたところ、平成七年七月二一日、同監査委員は、日の出町は間接強制金の支出をしたことはなく、処分組合が当事者であって、今後の支出についても、被告が財政負担を負うことは考えられないとして、これを却下する旨の通知をした。

三  当事者の主張

1  原告ら

(一) 本件の財務会計上の行為は、本件間接強制金の支払のための公金の支出である。

(二) 本件間接強制金の支払は、本件開示義務を回避することを目的とするものである。

(三) 本件開示義務は本件仮処分によって履行を強制されているものであり、これを回避する行為は違法であり、したがって、この違法な回避行為を目的とする本件間接強制金の支払も違法である。

(四) 本件間接強制金の支払債務は、日の出町を債務者とするところ、これは債務名義である本件決定に基づくものであるから、履行がされる蓋然性があり、その金額に照らして、かかる金銭の支出は日の出町に回復困難な損害を及ぼすおそれがある。

2  被告

(一) 原告らの主張の(一)記載の事実及び(四)記載の事実のうち、本件間接強制金の支払債務が日の出町を債務者とする債務名義である本件決定に基づくものであるとの部分を認め、(二)、(三)記載の各事実及び(四)記載の事実のうち、履行の蓋然性があるとの部分を否認する。

(二) (本案前の主張)

既に支払われた金銭は、処分組合の負担においてされたものであり、今後も同様の事態が予想され、日の出町には本件間接強制金を支払う意思がなく、日の出町が本件間接強制金を支払う蓋然性はないから、本件訴えは不適法である。

(三) (本案の主張)

本件間接強制金の支払は、本件決定に基づいて発生した債務の履行であって、違法ではない。

第三  当裁判所の判断

一  本案前の主張について

1  被告は、既に支払われた金銭が処分組合の負担においてされたものであり、日の出町には本件間接強制金を支払う意思がないことから、日の出町が本件間接強制金を支払う蓋然性はないとする。

しかし、既に支払われた金銭が処分組合の負担においてされたものであるとしても、今後とも処分組合が本件間接強制金を支払うことが当然に義務付けられているものではない。そして、既に本件間接強制金の支払を命ずる執行力ある債務名義(民事執行法二二条三号、一七二条五項)である本件決定が発令されていること及び日の出町も本件決定の債務者とされていることは争いのないところであるから、日の出町が本件間接強制金につき強制執行を受けるべき事態に立ち至る蓋然性はあるというべきであり、その場合には日の出町が本件間接強制金を支払う蓋然性もあるというべきである。

そして、本件間接強制金は本件開示義務の遅滞一日当たり三〇万円であって、その累積金額が多額になることが十分に予想されるから、本件間接強制金が違法に支出されたときには、日の出町に回復し難い損害を及ぼすおそれがあるということができる。

2  なお、日の出町監査委員は、右に記載した被告の主張と同様の理由をもって、間接強制金の支出差止めを求める監査請求を却下した(争いのない事実等5参照)が、その理由がないことは既に説示したとおりであって、原告らは適法な監査請求を経たものということができる。

二  本案について

1  日の出町が本件間接強制金を支払ったとしても、これをもって違法な公金の支出ということはできない。

その理由は、以下に説示するとおりである。

2  本件開示義務は日の出町と処分組合とが負担する非代替的作為義務と解されるので、まず、非代替的作為義務(以下「本件義務」という。)が確定判決によって命じられた場合に本来義務の履行強制としての間接強制決定で命じられた金銭を支払うことが違法となるかどうかを一般的に検討する。

本来義務の確定により、債務者はこれを履行する義務を負担し、これを履行しないことは債権者に対して違法と評価され、債権者は本来義務の履行を強制するために、いわゆる間接強制により、その履行を強制することができる。間接強制は、執行裁判所が債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭の支払を債務者に命ずる方法により行われる(民事執行法一七二条一項)。すなわち、遅延の期間に応じて一定の額の金銭の支払を命ずる方法による場合には、債務者に本来義務の不履行に応じて累積される金銭債務の負担を命じ、これを威嚇手段として履行義務者を心理的に強制し、本来義務の履行を促すことになる。間接強制決定の主文は、債務名義において確定された本来義務を明示した上、その不履行によって支払うこととなるべき金銭を表示する。本来義務の履行を心理的に強制する手続としての間接強制は右決定の債務者への告知で終わるが、なお債務者が本来義務の履行を怠るときは、債権者は間接強制決定に示された威嚇を実現することができ、間接強制金の支払を命ずる間接強制決定を債務名義として(同法二二条三号、一七二条五項)、債務者の財産に対する強制換価手続をすることができる。

このような間接強制の方式に照らせば、本来義務の不履行により間接強制金の支払義務が発生した場合に、債権者からの強制換価をまつまでもなく、右支払義務を任意に履行することは、執行費用の支出を回避する上でも合理的なものであって、なんら違法と評価されるものではない。

ところで、原告らは、間接強制の目的は間接強制金を支払わせることにではなく本来義務の履行を強制することにあるとし、本来義務を履行しないことが違法であることを熟知しながら、右義務を履行しないことを目的としてする間接強制金の支払は違法であるとする。しかし、間接強制金の支払義務は、本来義務の不履行の結果ではあっても、本来義務を履行しないことを目的として発生する関係にはない。そして、既に説示した間接強制の手続構造に照らせば、間接強制金の支払義務は本来義務の履行強制手続における本来義務の派生物であるというべきであるから、本来義務の不履行に加えて間接強制金の支払を拒むことは違法を重ねることにすぎず、本来義務の不履行により生ずべき間接強制金の支払を禁止したとしても、そのことによって原告らが違法であると主張する本来義務の不履行が阻止、回避されるものではないから、仮に本来義務の不履行が違法であることを熟知していたとしても、間接強制金の支払が違法となるものではなく、間接強制金の支払が本来義務の不履行の違法を承継する関係にもないというべきである。間接強制の目的は、間接強制金を取り立てることにではなく、本来義務の履行を強制することにあることは所論のとおりであるが、所論は、間接強制金の支払がある限り本来義務の履行が確保されないという執行方法の弱点を指摘するものにすぎず、間接強制金の支払を違法とする根拠となるものではない。

3  なお、本件における本来義務は、本件仮処分によって命じられた本件開示義務である。そして、作為を命ずる仮処分決定は、債務名義とみなされるが(民事保全法五二条二項)、疎明に基づいて発せられるものであって債務者の実体法上の義務の存否を確定するものではないから、債務者としては、仮処分決定に基づく強制執行を甘受すべきではあるが、右義務の存否を本案の訴えで争うことは違法というべきものではなく、本来義務の不存在を主張することが仮処分決定によって禁止されるものでもない。すなわち、本件開示義務の不履行が違法であるか否かは実体法上の開示義務の存否そのものにより決せられるのであって、本件仮処分が存在することから当然に本件開示義務の不履行が実体法上違法となるものではない。

本件においては、本来義務である本件開示義務の存在が本案の訴えにおいて確定したとの主張はないから、右義務の不履行が実体法上違法であるか否かも未確定の段階にあることになるが、仮に本件開示義務が存在しているものとしても、間接強制の手続構造に照らして間接強制金の支払が違法でないことは既に説示したところから明らかである。

三  右によれば、本件間接強制金の支払のためにされる公金支出の差止めを求める本訴請求に理由がないことは明らかであるから、原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官竹田光広 裁判官岡田幸人)

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